PR
映画の広場 トップへ

SF・ファンタジー / ヒューマンドラマ・ 考察

映画『ベンジャミン・バトン』雷に7回打たれたエピソードは何を示す?テーマ解説と感想レビュー

neko 2026.07.26

公開年 2008
監督 デヴィッド・フィンチャー
出演者 ブラッド・ピット、ケイト・ブランシェット、タラジ・P・ヘンソン

あらすじ

1918年、第一次世界大戦の終戦の日に、老人の姿で生まれた赤子ベンジャミン・バトン。歳を重ねるごとに若返っていくという数奇な運命を背負った彼は、幼い頃に出会った少女デイジーと、時を超えてすれ違いながらも惹かれ合っていく。デヴィッド・フィンチャー監督が描く、壮大な人生の物語。

▼続きを読む(ネタバレあり)

老人の姿で生まれたベンジャミンは、実の親に見捨てられ、老人介護施設で育てられる。周囲との年齢の壁を感じさせない環境の中で、彼は幼いデイジーと出会い、特別な絆を育んでいく。時が経つにつれ若返っていくベンジャミンと、通常通り歳を重ねていくデイジー。二人の年齢が交差する一時期、ようやく結ばれ、娘を授かる。しかしベンジャミンは、自分がやがて幼児へ、そして赤子へと戻っていく運命を悟り、家族のために自ら姿を消すことを選ぶ。晩年、記憶を失った老人ならぬ「幼児」の姿となった彼を、デイジーは最期まで見守り続ける。

★★★★★3.5 / 5.0

人と違う人生。故の温かみと切なさが味わえます。

スポンサーリンク

① 雷に7回打たれた話の意味は?

はじめに皆さんが疑問に思うであろう「雷に7回打たれた話」について。

結論、深い意味はないと思われます。彼はベンジャミンに会うたびに自分が雷に打たれたときの話をします。ボケているため老人介護施設であることをより際立たせていますよね。

意味があるとするならば「雷に7回打たれた人もいるんだから人生は何があるか分からない」というこの作品の一つのテーマ的な感じですかね。感じ方、捉え方は色々あるようで、7回というのは、恋をした回数、転機が訪れた回数、不幸が訪れた回数、などと考察されている方もいらっしゃいました。

アメリカのロイ・サリヴァン氏(71歳)は実際に雷に7回打たれたことがある人物です。存命中は「人間避雷針」と呼ばれたそうですが、最期は片思いの恋で取り乱し、自ら命を絶ったそうです。時に恋愛も雷が落ちたような衝撃に例えられることがありますが、彼にとってはそれ以上の衝撃だったのかもしれませんね。

② 本作が伝えたい意味とは?

「昨日の自分とは違うわ。でも最後は同じ、たどる道が違うだけよ。自分の道を進んで。」

このクイニーのセリフが本質だと思います。

人の一生を長い道と考えるならば、ベンジャミンは逆走しているようにも見えるわけです。幼少期は周囲の人からは見た目が違うから奇怪な目で見られ、親には見捨てられてしまいます。彼が幸運だったのは、拾われた場所が老人の介護施設だったことです。

雷の老人もそうですが、老人の方々は長い人生で多種多様な経験をしてきています。そのお陰か、作中ではベンジャミンは馴染むのが早かったと言えます。逆に子供は経験の少なさから偏見などがあまりありません。ゆえにデイジーもベンジャミンに分け隔てなく接しています。もちろんベンジャミン本人の人柄の良さがあってのことです。生い立ちゆえに終始大人びていますよね。

一見ベンジャミンは人とは違うと思いますよね。では逆に私たちは皆全てが同じなのでしょうか?そう聞かれたら「違う」と答える人が大多数ですよね。私たちは生まれた国が違うこともあれば、好きな食べ物も違います。たどる人生(道)が同じなんていう人は一人としていないのです。生まれて、死ぬ、以外は全て違う。それを人生というのです。

それこそがクイニーの「最後は同じ、たどる道が違うだけよ。自分の道を進んで。」の意味であり、この作品の伝えたいメッセージだと私は感じました。

スポンサーリンク