① 雷に7回打たれた話の意味は?
はじめに皆さんが疑問に思うであろう「雷に7回打たれた話」について。
結論、深い意味はないと思われます。彼はベンジャミンに会うたびに自分が雷に打たれたときの話をします。ボケているため老人介護施設であることをより際立たせていますよね。
意味があるとするならば「雷に7回打たれた人もいるんだから人生は何があるか分からない」というこの作品の一つのテーマ的な感じですかね。感じ方、捉え方は色々あるようで、7回というのは、恋をした回数、転機が訪れた回数、不幸が訪れた回数、などと考察されている方もいらっしゃいました。
アメリカのロイ・サリヴァン氏(71歳)は実際に雷に7回打たれたことがある人物です。存命中は「人間避雷針」と呼ばれたそうですが、最期は片思いの恋で取り乱し、自ら命を絶ったそうです。時に恋愛も雷が落ちたような衝撃に例えられることがありますが、彼にとってはそれ以上の衝撃だったのかもしれませんね。

② 本作が伝えたい意味とは?
「昨日の自分とは違うわ。でも最後は同じ、たどる道が違うだけよ。自分の道を進んで。」
このクイニーのセリフが本質だと思います。
人の一生を長い道と考えるならば、ベンジャミンは逆走しているようにも見えるわけです。幼少期は周囲の人からは見た目が違うから奇怪な目で見られ、親には見捨てられてしまいます。彼が幸運だったのは、拾われた場所が老人の介護施設だったことです。
雷の老人もそうですが、老人の方々は長い人生で多種多様な経験をしてきています。そのお陰か、作中ではベンジャミンは馴染むのが早かったと言えます。逆に子供は経験の少なさから偏見などがあまりありません。ゆえにデイジーもベンジャミンに分け隔てなく接しています。もちろんベンジャミン本人の人柄の良さがあってのことです。生い立ちゆえに終始大人びていますよね。
一見ベンジャミンは人とは違うと思いますよね。では逆に私たちは皆全てが同じなのでしょうか?そう聞かれたら「違う」と答える人が大多数ですよね。私たちは生まれた国が違うこともあれば、好きな食べ物も違います。たどる人生(道)が同じなんていう人は一人としていないのです。生まれて、死ぬ、以外は全て違う。それを人生というのです。
それこそがクイニーの「最後は同じ、たどる道が違うだけよ。自分の道を進んで。」の意味であり、この作品の伝えたいメッセージだと私は感じました。


