①”本当に機能する”よう作り込まれたサバイバル描写
まず伝えておきたいのは、この映画のサバイバル描写が、決して雑に作られたものではないという点です。制作陣は実在のサバイバル専門家メーガン・ハインを監修につけており、劇中に登場する罠は、実際にダイソンの掃除機とスケートボードのパーツを使って作られていて、本当に機能するものだったといいます。↪https://www.netflix.com/tudum/articles/the-last-house-trailer/https://www.hollywoodreporter.com/movies/movie-features/the-last-house-netflix-movie-interview-1236666119/
薪についても、家の壁から木材を何本抜けば何年分の暖房になるかを、専門家に相談して計算したとされています。細かいところでは、アン(グレタ・リー)が冒頭で着ているスウェットが1着しか用意されておらず、それが中盤で別の道具に姿を変え、終盤には釣り糸としてほどかれて使われるという演出まで用意されています。サウンドトラックの1曲に「Chimney Fishing(煙突で釣りを)」というタイトルがついているのも、この釣り糸のエピソードを踏まえたものです。美術も「5年後の家」の状態を先に設計してから、そこに至るまでを逆算して作られており、最終的に家が水没することまで見越して組まれていたといいます。細部のリアリティにはかなりのこだわりが見えます。
②それでも「非現実的」と感じる視聴者が多いのはなぜか
一方で、実際に視聴した人たちの感想を見ると、「5年間家の中だけで生き延びるのはさすがに非現実的」「電気・ガス・水道がすぐに止まらないのも違和感がある」「環境を整えるまでの1ヶ月でもう限界だろう」といった声が目立ちます。特に多かったのが、「5年という期間の長さに対して、精神的に壊れていく描写がもっとあってもよかったのでは」という指摘です。
これは、①で紹介したような技術的なリアリティ(罠や薪、道具の使い回し)が、あくまで”物としての説得力”を高めるものであるのに対し、視聴者が気になっているのは”5年間そこに人間として存在し続けることの精神的なリアリティ”だという、ズレから生まれている印象が多いことがわかります。道具や環境がどれだけ作り込まれていても、それを使う人間の心理描写が追いついていないと感じられれば、「非現実的」という評価につながってしまうのかもしれません。
人類が消えた場合のインフラ・崩壊の時系列(The World Without Usより)
1年以内:世界の原子力発電所(同書執筆時点で441基が稼働中)は、人間による監視・冷却管理がなくなることで、何らかの形で機能不全か炉心溶融に至るとされる
数日以内:ニューヨークの地下鉄が排水ポンプの停止により浸水し始める(同書では「2日ほど」という記述もあり)。雨が降っていなくても、ポンプが止まれば数日で浸水は避けられないとされる
浸水後まもなく:地下水が歩道の下の土を洗い流し始め、道路が陥没し始める。下水道の詰まりを取り除く人もいなくなるため、地表に新しい水路ができ始める
20年以内:地下鉄を支える鋼鉄の柱が、水に浸かり続けたことでさびて座屈し、道路が崩落し始める(例:ニューヨークのレキシントン・アベニュー)

③前半は”肉体”のサバイバル、後半は”精神”のサバイバル
実はこの点について、制作陣自身も意識的だったことがうかがえるコメントが残されています。「映画の前半は、肉体的に生き延びる話です。後半は、とても精神的に生き延びる話になります」という趣旨の発言です。つまり本作は、最初から「道具や環境でどう生き延びるか」を描く前半と、「その状態のままで人間でいられるか」を描く後半とで、意図的にリアリティの種類を切り替える設計になっていたと考えられます。
この構成を踏まえると、視聴者から挙がった「後半の精神的な変化がもっと欲しかった」という声は、実は制作陣が本題として置いていた部分そのものへの物足りなさだった、とも読み取れます。技術面のリアリティにはかなりの労力が割かれている一方で、その労力に見合うだけの精神的リアリティが十分に伝わりきったかどうかは、評価が分かれるところのようです。


