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映画「国宝」とは!国宝の示すものは何か? 演目 鷺娘から読み解く物語の趣旨 ネタバレ・考察

邦画

映画「国宝」とは

〇吉田修一氏の小説が原作であり、親を殺された少年の歌舞伎に生きる人生を描いた作品です。
国宝(小説)

「その才能が、血筋を凌駕するー」

↓ここからはネタバレ有です!

題名「国宝」とは何を示すのか

国宝とは
国のたから。
重要文化財のうち,特に文化史的価値の高い建築物・美術工芸品・古文書など。文部科学大臣が指定し,国が保護・管理する。

この映画の「国宝」

個人的には複数あると思っています!

①「人間国宝」
②「歌舞伎」という日本の宝である文化
③歌舞伎を深掘るこの「映画」そのもの

①、②は映画のなかでも明確に分かりやすく表現されていますね。
③は個人的な印象になります!

①人間国宝

劇中で一番初めに出てくる人間国宝が田中泯さんが演じる「小野川万菊」

立花喜久雄(吉沢亮)が思わず「化け物、」と言いたくなるほどの役を見せる。

この時に演じたのが「鷺娘」です!

この①はあとでまた解説します!

②「歌舞伎」という日本の宝である文化

俗にいう無形文化遺産にあたるものということです!
歌舞伎 – Wikipedia歌舞伎 – Wikipedia

この無形文化遺産に登録される歌舞伎が如何にして継がれてきたのか。

世襲という血筋、歌舞伎そのものの才能、存在を維持し続けるための人々

どれだけ多くの人が関わり受け継いできた文化なのか。

それほどに重く意義のあるものが「国宝」として残っていく文化なのです。

③歌舞伎を深掘るこの「映画」そのもの

上映されている映画「国宝」も文化を伝えるという側面で国の宝になりうるものだと個人的には感じました。

〇映画と歌舞伎は本質が似ています
 役者がいて、観衆がいて、演じるものです。

この映画「国宝」を観て歌舞伎に興味を持った人は多くいるはずです。

私自身も今まで無形文化遺産に登録されていても全く知らず関心もありませんでした。

しかし!

〇身近な映画を通して歌舞伎を、国宝を教えてくれるこの映画も立派なこの国の宝なのです。

鷺娘から読み解く趣旨

喜久雄が初めて人間国宝の小野川万菊をめにした演目が「鷺娘」です。

鷺娘のあらすじ
『鷺娘(さぎむすめ)』は、人間と結ばれぬ恋に苦しむ白鷺の精が、美しい町娘に姿を変えてその恋心を踊る、幻想的でドラマティックな歌舞伎舞踊です。冒頭は寂しげな雪景色、次に華やかな町娘の踊り、そして最後は地獄の責め苦に苦しむ鷺の姿へと変化し、その儚い愛と業の深さを表現します

〇物語ラストは人間国宝となった喜久雄が鷺娘を演じ、「綺麗やなあ」と呟きます。

そこには観客はおらず雪の中で喜久雄が舞台から客席を眺めているだけに映ります。

喜久雄がずっと求めている景色はこれだったんですね

16歳で父を目の前で亡くした時、喜久雄は「綺麗、美しい」と思ってしまったんです。
(父が殺害されたとき、直前までは喚いていたが泣いてはいなかった)

そしてそれに重なるくらいの衝撃のある景色が国一番の役者としてみる景色だったのです。

才能
・・・圧倒的なまでの才能は実父の死にさえ優雅な美を感じてしまうのです。

鷺娘にある
「人間と結ばれぬ恋に苦しむ白鷺の精」

この結ばれぬ恋に当たるのが喜久雄にとっての歌舞伎、芸の高みなのでは。

「どれだけ才があり努力を積んでも血が、血筋がなければ頂には至れない

結ばれぬ恋のようにあまりに悲惨な現実。

しかし喜久雄は最後には「人間国宝」になり名実ともに歌舞伎の頂にたどり着いたのです。

ですがどうでしょうか。

そのときの喜久雄には友である俊介(横浜流星)も家族も何もありません。

「後は地獄の責め苦に苦しむ鷺の姿へと変化し、その儚い愛と業の深さを表現」

中盤で「悪魔と取引をした」と語る喜久雄は全てを捨てて歌舞伎に身をささげた結果、多くを失い、関わった人が不幸になってしまった地獄のような結末でした。

それでも最後のセリフが

「綺麗やなあ、」

なのはその圧倒的な才能が故でしょう、、、。

感想

〇最近の映像美や音響でではなく、静かに演技と奥深さで殴られるような映画でしたね。

鑑賞中は
「「才能が血筋を凌駕する」なんて簡単で一方的なもんでもないだろ。。」
と思っていたのですが、こうして整理してみると周りは圧倒的な才に振り回されているようにも見えますね。

歌舞伎の迫力も相まって「国宝」の名に負けない大作であったと思います!

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