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SF・ファンタジー / アニメーション・ 考察

『借りぐらしのアリエッティ』翔の”やばい”セリフ、スピラーはどこから来た?原作『床下の小人たち』にもあった?

neko 2026.07.28

公開年 2010年
監督 米林宏昌
出演者 志田未来、神木隆之介、大竹しのぶ、竹下景子、藤原竜也、三浦友和、樹木希林

あらすじ

古い屋敷の床下でひっそり暮らす小人の少女アリエッティ。病気療養のため屋敷にやってきた少年・翔に姿を見られてしまったことから、二人の間に不思議な交流が生まれていく物語。

▼続きを読む(ネタバレあり)

アリエッティとの交流を通じて生きる意志を得た翔だったが、家政婦ハルによる捕獲騒動をきっかけにアリエッティ一家は屋敷を離れることに。最後に洗濯バサミと角砂糖を贈り合い、二人は静かに別れを迎える。

3.5 / 5.0

原作を知れば知るほど面白い!シリーズものだったのが意外。

①「滅びゆく種族なんだよ」――翔の”やばい発言”は、実は原作からの引用だった?

アリエッティに向かって翔が放つ「君たちは滅びゆく種族なんだよ」というセリフは、観る人によってかなり印象が分かれるところだと思います。ネット上でも「やばい」「気持ち悪い」「小学生がこんなこと言うか?」といった感想がたびたび語られていて、病気療養中の少年が口にするにしては妙に達観しすぎている、という違和感を持った人も少なくないはずです。

ただ実はこのセリフ、翔というキャラクターの創作というより、原作にルーツがあるとされています。脚本の丹羽圭子氏は「唐突な印象があって、流れを作るのが難しかった」と振り返っているとされ、宮崎駿・鈴木敏夫プロデューサーから「原作にある要素だからぜひ入れてほしい」という要望があったことで、苦心してこのセリフを組み込んだという裏話が伝えられています。

つまり、翔が「やばい」と言われる最大の要因になっているこの発言は、翔個人の性格から出てきたものというより、原作がもともと持っていた「人間と小人という、共存できない二つの種族」というテーマを、映画の中で誰かに語らせる必要があったからこそ生まれたセリフだったと考えられます。それを病を抱える翔に託したのは、脚本上の都合であると同時に、「自分もまた儚い命だ」という翔自身の心情を重ねる狙いもあったのかもしれません。

ナチュラルサイコパスっぽく見えてきた。

②スピラーとやかんの船、原作シリーズのどこから来た?

原作『床下の小人たち』はシリーズものです。映画がどこから何を持ってきたのか、簡単に対応させると次のようになります。

原作シリーズ主な要素映画への反映
1作目『床下の小人たち』アリエッティが少年に見つかる/新たな住処探し映画のメインプロット
2作目『野に出た小人たち』スピラー初登場終盤で頼れる存在として登場
3作目『川をくだる小人たち』表紙にやかんの船で川を下る場面ラストの川下りシーンのモチーフ
  • スピラーは原作1作目には登場しない
  • やかんの船も、1作目の物語には出てこない
  • つまり映画は「1作目の筋」+「2・3作目の”見せ場”」を1本にまとめた”再編集版”に近い

③映画が”あとから足した”設定たち

原作と映画、少年をめぐる設定を並べてみるとこうなります。

  • 名前
     原作:なし(「男の子」「弟」とだけ表記)
     映画:翔
  • 抱えている事情
     原作:とくに明記なし(療養のため親戚宅に滞在)
     映画:心臓の病気で手術を控えている
  • ドールハウスの由来
     原作:明記なし
     映画:曽祖父が小人のために作らせたものと判明

こうして並べると、映画は原作の少年に**「名前」「病気」「家系の歴史」の3つを新たに与えている**ことが分かります。これによって、翔とアリエッティの関係は単なる”人間と小人の出会い”から、「限られた時間を生きる者同士の共鳴」というテーマ性を帯びたものに変わったと考えられます。