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SF・ファンタジー / アニメーション・ 考察

なぜ「くつずれ」という曲名なのか?『映画ちいかわ』主題歌とセイレーン編の関係を考察

neko 2026.07.29

公開年 2026年
監督 及川啓(原作・脚本:ナガノ)
出演者 青木遥(ちいかわ)、田中誠人(ハチワレ)、小澤亜李(うさぎ)、井口裕香(モモンガ)、内田雄馬(ラッコ)

あらすじ

広場でくつろぐちいかわとハチワレのもとに、顔にチラシを貼り付けたうさぎが現れます。「討伐一つで報酬100倍」「島限定グルメが実質無料」という甘い誘い文句に釣られ、ちいかわたちは怪しむラッコとともに船に乗り込み、とある島へ。楽しい島合宿になるはずが、島には島民たちを襲う謎の怪異・セイレーンがいて……

▼続きを読む(ネタバレあり)

セイレーンが島民を襲っていたのは、仲間の人魚を何者かに食べられたという事情があったためでした。犯人が分からないまま疑心暗鬼が広がる島で、ちいかわたちは危険を承知で島民のために立ち向かうことを決意します。物語終盤では、事件の背景にある誤解や、島民同士の関係性の歪みが少しずつ明らかになり、単純な「怪物退治」では終わらない後味を残す結末を迎えます。

4.0 / 5.0

歌詞にも深い意味がありそうですね。ナガノさん、一体どこまで考えているのか、、。

①主題歌「くつずれ」というタイトルに込められた意味

本作のオープニングテーマ「くつずれ」は、ハチワレの声を担当する田中誠人さんが歌う楽曲です。作詞はちいかわの生みの親であるナガノさん自身が手がけており、原作者本人の言葉でこの曲の方向性が決められているいうことですね!

「くつずれ」というタイトルがまず象徴的です。靴擦れは、命に関わるような大きな怪我ではありません。歩くたびにじわじわと気になる、地味だけれど無視できない痛みです。この「大したことはないのに、確かに痛い」という感覚こそが、曲全体を貫くテーマになっていると考えられます。歌詞は、痛みを抱えながらもとりあえず前に進もうとする気持ちと、それでも「痛いものは痛い」と正直に認めてしまう弱さの両方を描いていて、単純な「頑張れ」ソングにはなっていないところに特徴があります。

②なぜ”痛みを抱えたまま歩く”歌が、セイレーン編の主題歌なのか

セイレーン編は、ちいかわシリーズの中でも特に後味の重いエピソードとして知られています。誰か一人が完全な悪者というわけではなく、誤解やすれ違いが積み重なった結果、島全体が傷つく結末を迎える物語です。そこには、綺麗にすっきり解決するような救いはありません。

「くつずれ」が歌っているのは、まさにそうした状況にふさわしい感覚だと考えられます。大きな傷が完全に癒えたわけではないし、痛みがなかったことになるわけでもない。それでも、その痛みを抱えたまま、また歩き出すしかない。ちいかわたちが島での出来事を経て日常に戻っていく本作のラストと、この曲が描く「痛くても前を向く」という姿勢は、かなり近いところにあるように感じられます。派手な勝利や完全な解決ではなく、”傷を抱えたままでも歩き続けられる”という、地味だけれど芯のある励ましのメッセージが、このエピソードの主題歌として選ばれた理由なのかもしれません。

③ハチワレが歌うことの意味

この曲を歌っているのがハチワレである、という点も見逃せません。ハチワレはテレビアニメでも「ひとりごつ」という楽曲を歌っており、今回の「くつずれ」はそれに続く歌唱曲にあたります。作中でハチワレは、ちいかわを支える頼れる存在として描かれることが多いキャラクターです。そのハチワレが「痛くても歩くよ」と歌うことで、単に主人公たちを応援する外側からの曲ではなく、傷ついた当事者自身が自分に言い聞かせるような曲になっているとも読み取れます。

かわいらしいメロディと、決して大げさではない歌詞の温度感の中に、セイレーン編という重いエピソードを乗り越えるための小さな支えを込めている。そう考えると、「くつずれ」というやや地味なタイトルの曲を主題歌に選んだこと自体が、この映画の姿勢を象徴しているように思えます。

まあ小z気に言えば、ちいかわは人魚を食べた犯人に気づいていますよね。彼の心情を語った歌というのが大きな意味だと私は思いますね!